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シリーズ 統 合 報 告 の 視 点③

企業と投資家に与える 統合報告の2つの効果

前回は日本で統合報告が求められる背景、そして日本企業にとって統合報告が有用である論理を説明した。今回は、統合報告の経済的帰結に関する米国の実証研究を紹介すると同時に、企業組織に与える影響について議論したい。

実証が進む「長期投資家を呼ぶ」効果

統合報告はどのような経済的帰結をもたらすのだろうか。従来、「統合報告に取り組む企業には長期志向の株主が投資するようになり、短期志向の株主は減少する」という逸話の真偽が議論されてきた。例えば、従業員の離職率や従業員満足度、製品の品質に関する情報、使用した水量やエネルギー、 腐敗対策の従業員研修など、持続可能性に関する情報をアニュアルレポートで開示してきたダウ・ケミカルの株主は、ライバルのモンサントに比較して株式の売買回転率が低いなどである。実務家もこうした逸話に賛成してはいたものの、これを支持する実証的証拠は得られていなかった。

『ジャーナル・オブ・アプライド・コーポレート・ファイナンス』に掲載されたハーバード・ビジネス・スクールのジョージ・セラフェーム准教授による「統合報告と投資家クライアンテール」 という論文では、統合報告を行う企業には長期志向の機関投資家が投資を行う一方、短期的な投資家は投資しない傾向があると報告されている。

一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授野間 幹晴先生

一橋大学大学院
国際企業戦略研究科
准教授
野間 幹晴

一橋大学商学部卒業。同商学研究科博士後期課程修了、博士(商学)取得。2010年より2011年まで、コロンビア大学フルブライト研究員。バンダイナムコホールディングス社外取締役、経済産業省「企業報告ラボ」座長。

いま1つは、これまで、投資家が長期志向に基づいて企業価値を評価するために必要となる非財務情報が十分に開示されてこなかったためである。中長期的な企業価値を評価するには、企業のビジョンや戦略が明確であると同時に、それを実現する技術、組織、人材などの資源に関する情報が必要とな る。しかしながら、日本企業はこうした情報を必ずしも十分に開示してきたとはいえない。

こうした傾向は、①成長性の高い企業や②ファミリービジネスではない企業、③ギャンブルやたばこ、アルコール、銃器、原子力、軍事ビジネスに携わっている企業で顕著であることも確認されている。さらにセラフェーム准教授は論文のなかで、財務資本、製造資本、人的資本、自然資本、知的資本、社会資本など、さまざまな資本についての情報を開示している企業や、IIRC(国際統合報告協議会)のフレームワークで示されたガイドラインに沿っている企業では、より長期志向の投資家が株主となっている実証結果も提示している。一連の証拠は、実際に統合報告を実施する企業の株主が長期志向の投資家であることを示唆する。

企業に全体最適経営を促す

長期志向の投資家を選別するという効果に加えて、統合報告には組織の全体最適と長期志向を促すという効果が期待される。1990年代後半から社内カンパニー制の導入や純粋持ち株会社の設立、分社化、事業部制の徹底などにより、日本企業でも部分最適が進んで久しい。だが、短期的な業績目標の達 成や成果主義の導入に伴い、組織内部では短期志向が進み、中長期ビジョンや戦略に対する意識が希薄化している。

統合報告を実践している企業、とくに統合報告書を発行している企業では全体最適あるいは中長期ビジョンの浸透の契機になりつつある。これは統合報告書では財務情報と非財務情報を関連づけながら、中長期ビジョンに基づく戦略やそれを達成するための資源について情報が開示されているからであ る。またビジョンの浸透を目的に、従業員を主なターゲットと想定して統合報告書を公表する企業もある。

こうした効果は海外拠点や被買収企業の従業員など、企業の中長期ビジョンや戦略に対する理解が必ずしも高くない従業員にも効果がある。統合報告は「中長期的な投資家を株主とする」という経済的帰結につながるだけでなく、企業の全体最適経営にも有用である。

統合報告の経済的効果:長期投資家の選別